ライナー矯正の市場が戦国時代のような状況を呈している。インビザライン・ジャパン株式会社が「インビザライン」に加えて開発した「インビザラインGO」は、一般の歯科医師が研修を受講すれば実施できる部分矯正で、低価格と短期間そしてブランドを武器に順調にシェアを伸ばしている。また、最近になり「きれいライン」や「マウスピース矯正ローコスト」というライナー矯正もでてきた。6番7番大臼歯を触らない部分矯正でどちらも1枚2万円程度のアライナーを10枚程度交換する廉価な部分矯正である。さらに、スマイルダイレクトクラブという患者が自分で進めるライナー矯正まで登場した。これは米国の歯科医師が患者ごとに制作した十数個のアライナーを自分で交換する方法で、歯科医師法に抵触しないか疑問がある。まさに戦国時代である。

 ただし、歯科医院にとっては、矯正治療の採算性は高くない。非常勤の矯正医の多くは業務委託契約で勤務しており、契約条件は4:6が多い。矯正医は技工料だけが経費となるため採算性が高いが、歯科医院には売上の4割しか残らない。矯正医の治療中はユニットやスタッフを占有されるため自分の治療ができないうえにその時間の家賃やスタッフの人件費などの経費を負担しなければならず、赤字診療になっている可能性がある。また、ライナー矯正を歯科医師が自分でやるときに障害になるのがその高いコストである。インビザラインは東京で80万円+税が標準とみられるが、ライナーの技工料が26万円程度かかる。80万円で契約すると54万円が残るが、そこから2年程度、毎月5千円でチェアとスタッフを30分程度占有されてしまう。矯正医に委託する場合は、ここから6:4で支払うわけで、矯正医に32.4万円、歯科医院に21.6万円になる。歯科医院はそこから人件費や一般管理費を賄うわけで、さらに採算性が低くなる。

 ライナー矯正の採算性向上対策は、矯正専門医に委託するのではなく、一般の歯科医師が自分でできるインビザラインGOのような部分矯正を中心に据えることだろう。インビザライン・ジャパン社によれば、おおよそ70%の患者ニーズが部分矯正のインビザラインGOで対応できるとしている。残り30%の難症例は、矯正専門の医院に紹介すればよい。その医院とは補綴や4番抜歯、終了後の定期予防管理などの逆紹介を受けられる関係を構築しておけば、相互メリットが得られると考えられる。

 歯科用CADと3Dプリンティングの発展がライナー矯正の市場が伸びる要因になったと考えられる。特にインビザラインはITEROによって精密なシミュレーションが可能になり、その画像情報をアラインテクノロジー社にダイレクトに送信することでスタートまでの期間を大幅に短縮することができるようになった。そのなかで、前述のように安価なライナー矯正が登場してきた。しかし、トラブルも起きているようである。精密検査代として3万円程度をチャージして検査をした後で「残念ながらあなたの症例では低価格の矯正が適用できない」と告げて正規の価格でインビザラインやワイヤー矯正を勧められるという詐欺まがいのケースや、一般の歯科医師がライナー矯正を開始したものの、ライナー矯正に向かない症例をムリにスタートさせて身動きできなくなったという話もあるようだ。また、前述の自力でアライナーを交換する方式は、無理をして大きな力をかけてしまうと、歯肉退縮や歯根吸収の危険があるが、だれがリカバリーするのだろうか。

 矯正治療は、患者さんが一生に一度しか受けることのない高額の自費治療である。口を開けて笑えるようになるなど患者さんの心理的なメリットが大きいだけでなく、不正咬合が改善され清掃性もよくなるため、う蝕や歯周病のリスクが低下するなど、患者さんの人生にとって、大変重要な歯科治療である。低価格でムリに患者を獲得するのではなく、きちんとした診査診断とデータに基づいて、丁寧に、安全に治療を勧めていただきたいと願う。

                                 以上