コンサルタントの視点から:「歯科衛生士の浸麻を考える」
歯科衛生士の浸麻について新しい動きがでている。昨年11月から一般社団法人日本歯科医学振興機構が、臨床歯科麻酔管理指導医/臨床歯科麻酔認定歯科衛生士の認定講習・認定試験を各地で開催し、受講者に「臨床歯科麻酔認定歯科衛生士」の資格を与えている。また日本歯周病学会が3月3日、「歯科衛生士による局所麻酔行為に対する特定非営利活動法人日本歯周病学会の見解」を示した。「~略~日本歯周病学会は、日本歯科医学会専門分科会のひとつとして、浸潤麻酔行為を含む歯周病治療に積極的に関わろうとする全ての歯科衛生士の活動を支援すべく、求められる情報発信や必要とされる教育機会の提供にこれからも尽力します。」としている。
では、歯科衛生士の麻酔行為の適法性はどうなのだろうか。いくつかの資料をみてみよう。
1)行政の見解:「歯科衛生士の麻酔行為について」(照会「昭和40・7・1 医事48」
麻酔行為は医行為であるので、医師、歯科医師、看護婦、准看護婦又は歯科衛生士でない者が、医師又は歯科医師の指示の下に、医業として麻酔行為の全課程に従事することは、医師法、歯科医師法、保健婦助産婦看護婦法又は歯科衛生士法に違反するものと解される。その場合、いずれの法規に違反するかは、当該医師又は歯科医師の指示の態様によるものと解される。以下略。つまり、歯科衛生士は、歯科医師の指示のもとであれば、医業として麻酔行為の全過程に従事できるという見解である。
2)各学会の見解:10年前に、日本歯科医学会は歯科衛生士の業務範囲について各学会の見解をとりまとめた。補綴学会、歯科口腔外科学会、保存学会、老年歯科学会が、高い経験能力の歯科衛生士であれば湿潤麻酔を行ってもよいという見解であった。しかし、歯周病学会、保存学会、歯科麻酔学会、口腔インプラント学会は、湿潤麻酔は絶対的医行為であり歯科衛生士にさせてはいけない、と相反する見解であった。このため、日本歯科医学会はあらためてワーキンググループを結成してこの問題を検討しており、統一的な見解が期待される。
3)日本歯科医師会の見解:日本歯科医師会雑誌平成2年11月号で、「歯科衛生士の歯科診療補助業務の適法性の判断」として、「前省略~一律に指示の適否をあげるのではなく、患者の状態、その行為の影響の軽重、歯科衛生士の知識技能の状態等によって異なる」とし、絶対的禁止行為として、①歯牙の切削、②切開や抜歯などの観血処置、③精密印象を取ることや咬合採得、④歯石除去術のための鎮痛処置を除いた薬剤の皮下注射や歯肉注射としている。つまり、患者の状態、その行為の影響、歯科衛生士の知識技能の状態等によって異なるが、一定の経験と知識を有している歯科衛生士であれば、相対的医行為の範囲が広がるので、歯石除去術のための鎮痛処置としての皮下注射や歯肉注射はできるという見解である。
このように、行政も複数の学会も日本歯科医師会も歯科衛生士の浸麻を容認している。例えば、SRPの際に歯科衛生士が自分で浸麻を打つことができれば、そのつど歯科医師を呼びに行く必要がなくなるし、外科手術の際に歯科衛生士が浸麻を担当すれば歯科医師の負担は軽減されるだろう。このため、歯科衛生士に安全に浸麻を打たせるための研修や認定資格が次々にでてくると考えられる。しかし、神経や血管が密集している口腔内にキシロカインなどの劇薬を注入することは患者の身体に大きな危険を伴う医行為である。重篤なアナフィラキシーショックやリドカイン中毒を発症する危険があり、その場合は指示をした歯科医師も施術した歯科衛生士も責任を問われることになる。当然ながら、漫然と浸麻を打たせるのではなく、歯科医師の的確な診断のもとに、しっかりした知識教育と充分な相互実習、そして幅広い経験や知識を持つ歯科衛生士に担当させる必要があるだろう。さらに、万一に備えた救急救命機器の整備や訓練など、歯科医院としての有効なリスク対策が必要だろう。
以上