コンサルタントの視点から:「安易に返金しないクレーム対策を考えよう」 

先日、歯科経営改善ゼミナールに参加された先生方に、次の問に回答していただいた。

問:メタルボンドブリッジ「456を装着した患者さんから、噛み合わせがおかしいから払ったお金を返して欲しいと言われました。咬合紙をみても、問題なく噛めているはずで、当院の処置はどう考えても問題がないと思う。どう対応しますか?」①患者が納得するまで作り直す。②面倒だから返金する。③治療は妥当と思うので返金せず以後の治療を断る。

参加された先生方は全員「返金する」と回答された。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会所属の医療専門の弁護士は、「歯科医はお金を返すケースが多い」とおっしゃっていた。医科診療所の先生はまず返金しないという。そして、「安易に返金することが悪意の患者を育てている」と指摘されていた。

この問の場合は「咬合紙をみても問題なく噛めているはずで、当院の処置はどう考えても問題がない。これで治療を終了します」と患者に伝えて治療費の返金はしないという③の対処が妥当である。
医療は準委任契約である。これは医療行為が必ず病気を治すことを確約できないからである。例えば、保存治療に万全を尽くしても結果的に抜歯せざるを得なくなるケースもある。つまり、歯科医は誠実に歯科治療をすることを委任されているだけで、必ず治癒させることは契約していないのだ。
また、法的に求められる治療水準は、その時点の歯科治療のなかで公正妥当であれば足りるとされており、患者の言い分をうのみにして何度も作りなおす必要はない。実は、このような患者は悪質なクレーマーの可能性が高い。
因縁をつけてタダで自費の歯科治療を受けようとする患者が一定数いるのだ。中高年の女性に多いようだが、友達グループのなかでだれかが成功すると、同じ手口で次々に無料で歯科治療を受診するわけである。

このようなケースの具体的な対処としては、「自医院の治療は妥当と考えており返金しない」ことに加えて、「当方としても弁護士と相談しており、当院の対応に問題はないという判断をいただいております」と伝えることである。悪質なクレーマーでもこの対応でまず何もいってこなくなる。
それは争っても勝てないと分かっているからだ。
訴訟を提訴しても挙証責任(歯科医師の過失を証明する責任)は患者側にあり、しかも準委任契約なので、歯科医師に明らかな過失がない限り返金を求めることが難しいからである。

咬合紙をみて問題なく噛めていれば、かみ合わせに問題があるのではなく、その患者自身のなんらかの心理的な要因が関与している可能性が高いことが分かる。そのため、デンタルや口腔内写真、カルテ記入のほかに、咬合紙も保存しておくことが望ましい。
そして万一、その患者から損害賠償請求などの動きがあれば、その時点で、歯科医師賠責に報告して指示を仰いでいただきたい。場合によっては弁護士を紹介してもらうこともできる。万一裁判になってこちらの過失が立証された場合には、歯科医師賠責から保険金が下りて経済的損害はカバーされる。歯科医師側に過失がなければ保険は下りないが、その場合は返金する必要がない。そして大切なのは、歯医者に因縁をつけて治療費をタダにしようとする輩を排除できることである。

ただし、患者トラブルの対処法を考えるときは、法律論だけでなくその患者さんとの関係において結論を考える必要がある。当然であるが、その患者さんが当院にとって今後も継続的に診たい患者さんなのか、もう二度と診たくない患者さんなのかによって対処を決めなければならない。
ポイントは、簡単に返金に応じるのではなく、まず他の方法でその患者さんとの信頼関係を再構築できないかどうかを考えて対処を検討することである。しかし、悪意が感じられたり、すでに信頼関係がなくなったりしている場合には毅然と対処することが必要である。それが、不当な要求を退け歯科界を守ることにつながっていくからである。

以上